| 時期 |
政治的できごと |
文化的できごと |
拠点の歴史
江ノ島/遊行寺/藤沢宿 |
| 平安末期 |
武勇で名高い鎌倉景政が大庭御厨(おおばみくりや:今の藤沢・茅ヶ崎辺)開拓 |
※更科日記に西富(現在の遊行寺付近)が描かれる |
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| 源平争乱期 |
頼朝の父、源義朝が大庭御厨に侵入
大庭御厨の主、大庭景親、石橋山合戦で源頼朝に勝利も、後に捕えられ滅びる
白旗神社、討取られた義経の首を埋葬し弔う |
※西行法師が砥上ヶ原(茅ヶ崎〜藤沢南部辺)で歌を詠む
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源頼朝、江ノ島で戦勝祈願 |
| 鎌倉時代 |
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※方丈記の鴨長明が片瀬で歌を詠む
日蓮、竜の口で法難
一遍が片瀬の地蔵堂で踊り念仏 |
江ノ島、地震による隆起で引き潮時地続きになる(1215) |
| 鎌倉末期 |
新田義貞が鎌倉攻の際、片瀬を通過
足利尊氏辻堂・片瀬原合戦で北条時行に勝利 |
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呑海上人が、遊行寺を創建(1325年) |
| 室町時代 |
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藤沢の小栗判官・照手姫の伝説このころ形成か? |
時衆台頭し、藤沢、遊行寺の門前町として発展 |
| 戦国時代 |
北条早雲、玉縄城を築き大庭はその支配下となる
北条氏、豊臣秀吉に破れ藤沢、徳川家康の支配下に |
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北条氏が江ノ島を傘下におき厳しく保護
藤沢(坂戸・大鋸)の宿が発展 |
| 江戸前夜 |
徳川家康、関が原の戦いへの行程で藤沢御殿に宿泊 |
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| 江戸 |
藤沢は幕府直轄領となる |
東海道中膝栗毛で藤沢が登場
白浪五人男の弁天小僧、江ノ島生と設定される
広重が藤沢宿を、北斎が江ノ島を浮世絵に描く |
遊行寺付近に、近世藤沢宿(東海道五十三次の1つ)が成立
江ノ島詣人気となり、江ノ島道(藤沢宿〜江ノ島)賑わう |
| 幕末 |
西郷隆盛を参謀とする官軍江戸進攻の際、藤沢通過
明治天皇、東京遷都の為、江戸行幸。遊行寺で宿泊 |
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| 明治・大正 |
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鵠沼の東屋旅館に、芥川龍之介、志賀直哉、谷崎潤一郎、菊池寛他多くの文人が滞在する
岸田劉生、鵠沼に住み「麗子像」などを制作 |
(江ノ島)片瀬の海水浴場が開設される(1915) |
| 戦前 |
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中国国歌の元曲「義勇軍進行曲」作曲のニエ・アルが鵠沼海岸で溺れ亡くなる |
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戦後〜
平成 |
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石原慎太郎氏が藤沢市内の湘南高校卒業
昭和天皇、江ノ島水族館を始めて訪問(1956)
東京オリンピックのヨット競技が江ノ島で開かれる
サザンオールスターズのデビュー曲「勝手にシンドバッド」で江ノ島歌われる。 |
海水浴場が夏季に大人気となる |