何故、神奈川県の藤沢が盆踊りのふるさとなのでしょうか?

盆踊りの元になったといわれるものに踊り念仏があります。

藤沢には時宗総本山遊行寺があります。その時宗を始めた方が一遍上人(いっぺんしょうにん)。

一遍上人の一生を絵と物語で書いたものが遊行寺(ゆぎょうじ)の保有する国宝「一遍聖絵」(いっぺんひじりえ)です。約700年前に書かれたものが今でも残っているのですが、ここに、長野県の佐久や神奈川県藤沢の片瀬で踊り念仏を行った絵があります。踊り念仏はもっと早くからあったのではないかといわれていますが、この絵より古い証拠が残っていません。なので踊り念仏の元祖といえば、一遍上人といわれます。この一遍聖絵を所有していることが、「盆踊りのふるさと」の理由の1つ目です。

一遍以降をついだ上人たちも、全国を遊行(ゆぎょう)し、踊り念仏を広めました。その拠点が、藤沢の遊行寺でした。これば「盆踊りのふるさと」の理由の2つめです。

遊行寺 右にみえるのが一遍上人像

そして、3つ目。最大の理由があります。

それは1382年(弘安5年)のことでした。布教のために鎌倉に入ろうとして幕府に拒否された一遍上人たちは、片瀬の地蔵堂で踊り念仏をしします。

これが大いに盛りあがり、数か月にもわたり踊り念仏が披露されます。聖絵には、踊り念仏に熱狂するひとびとの表情が、いきいきと描かれています。

一遍聖絵の片瀬地蔵堂跡は、現在でも残っていますが、ひっそりと、目立たない公園になっています。現在の浜からはかなり離れています。昔の藤沢南部は砂丘地帯でしたので、浜といっても相当範囲が広かったのだと考えられます。ここがまさに「盆踊りの原点」といえる場所になるのです。

片瀬の地蔵堂跡

現在の片瀬浜

盆踊りの成り立ちには、謎が多いのですが、本来仏教の修行だった踊り念仏が、念仏踊り、風流踊りと変遷し、中世のなかば以降、お盆に踊られるように
なったと考えられています。

江戸時代には、庶民の楽しみとしての性格をもつ「盆踊り」が全国にひろまり、明治維新の西欧化政策も乗り越え現在に至っています。

こうしたことから、藤沢が盆踊りの1つの起点と考えられています。