ぢゃんがら
福島県いわき地方を中心に、お盆に踊られる念仏踊りの一種。

十数名ほどの若者たちのグループが新盆の家々を訪れ、締め太鼓や鉦を手に威勢よく踊ります。

福島県を代表する民俗芸能の一つとされる、「ぢゃんがら」。しかし、著名なわりに、その全体像はかならずしも十分に紹介されているとはいえず、どこかとらえどころのなさを感じていました。

今回、ナマのぢゃんがらに密着して見て、その “とらえどころのなさ “こそ、実はぢゃんがらの特徴なのではないか、と考えるようになりました。ぢゃんがらは、なぜ・どうしてとらえどころがないのか。まずはその理由を7つの視点から整理してみましょう。

理由の1 多数・かつ多様

「ぢゃんがら」の名をもつ芸能
グループは、いわき市内だけで100か所近くあります。

個々のぢゃんがらの芸態は基本構成こそある程度共通していますが、鉦・太鼓のリズムや唄などはそれぞれ異なっており、まったく同じぢゃんがらというものはありません。何が “一般的なぢゃんがら像 “なのかは、意外と決めにくいようです。

理由の2 新盆供養

 


現在わたしたちは「いわき市青年じゃんがら大会」や各種芸能イベント等の機会にぢゃんがらをまぢかに見ることが可能です。しかし、お盆にそれぞれのぢゃんがらの地元で行われる “ナマの伝承系ぢゃんがら “を見るのはなかなか大変です。

なぜなら、ぢゃんがらはお祭り的なパブリック・イベントではなく、新盆の家で行われる供養というプライベートな性格を持っており、場所や時間等の情報も公開されていない(というか、そもそも情報が存在しない)からです。わたしたちも、地元いわきの方のご案内を得て、はじめてナマのぢゃんがらにアクセスすることができました。

新盆供養という行事目的を大切に守り続けている民俗芸能-それがぢゃんがらです。

理由の3 神出鬼没


広域を神出鬼没(車で移動)
ナマのぢゃんがらと出会う難しさは、それだけではありません。

現在の伝承系ぢゃんがらは、必ずしもそのグループの地元の新盆の家だけでなく、他地域にも盛んに出張して、新盆供養の踊りを踊ります。

訪問する新盆宅は多い時には1日に10軒以上にもなり、さらにその場で飛びこみでの訪問もあるとのこと。広大な面積を誇るいわき市一帯をクルマであちこち移動するぢゃんがらをつかまえるのは、地元の人でも至難の業。

神出鬼没のダイナミズム-これもまた、ぢゃんがらの大きな特徴です。

理由の4 名前

ぢゃんがらの名前も問題です。

「じゃんがら念仏」「じゃんがら念仏踊り」とも呼ばれ、その名称は伝承団体ごとにまちまちです。古い文献史料でも「さんがら」「じんがら」などと記したり、「自安我楽」といった仏教的当て字もあります。たくさんの名前を持つぢゃんがら。統一感はありませんが、それぞれのぢゃんがらの文化的多様性が守られていると考えれば、むしろうれしい点といえます。

一方、そもそもなぜ「ぢゃんがら」というのか、その理由は必ずしも明らかではありません。 “鉦や締め太鼓を激しく打ち鳴らす芸態に由来する “というのが有力見解のようです。

理由の5 盆踊りとの関係

“ぢゃんがらは念仏踊り “といわれます。確かに、ぢゃんがらは中世期~近世期に見られる古い念仏芸能の要素を持っており、念仏踊りであることに違いはありません。

しかし一方で、ぢゃんがらは近世以降の「盆踊り」の性格も濃厚に持っています。ぢゃんがらは、念仏踊りと盆踊りの “過渡的性格 “の強い民俗芸能といえます。盆踊り研究の視点からもたいへん注目される点ですが、ぢゃんがらはそれだけ単純化しにくい複雑な芸能的性格を持っているともいえるでしょう。

理由の6 失われた記憶

ぢゃんがらは、明治時代初頭に激烈な弾圧を受け、そして復活しました。

江戸時代の記録によると、当時のぢゃんがらの姿は現在のようなストイックなイメージのものと異なり、むしろ民衆エネルギーの奔出を感じさせるようなものだったようです。遠い昔というほどでもありませんが、現在の伝承系ぢゃんがらの中には、そうしたかつてのあり方についての記憶はほとんどなく、いわば “失われた記憶 “となっています。ぢゃんがらの経験してきた激動の歴史もまた、ぢゃんがらの姿を捉えにくくする理由のひとつとなっているようです。

理由の7 もうひとつのぢゃんがら

ぢゃんがらと同じ名前の民俗芸能が、遠く離れた地方に存在します。

長崎県・平戸地方には、盆の念仏踊り「平戸ジャンガラ念仏」があります。こちらはお国柄からか、 “ジャンガラ=オランダ語起源説 “さえあるようです。

エイサーは、じゃんがらが起源?

ぢゃんがらの起源伝承にも登場する「袋中(だいちゅう)上人」は、いわき出身の実在の人物ですが、念仏布教のため琉球に滞在したことがあり、沖縄ではエイサーの伝承者とされています。このため、 “いわきのぢゃんがらこそエイサーの起源では “という人もいます。遠く離れたこれらの民俗芸能の間は、何らかの関係があったのでしょうか?

 
…こうして見てくると、ぢゃんがらの “とらえどころのなさ “とは、一方でぢゃんがらが見どころや注目点の多い芸能でもある、というこがわかります。豊かで多彩でユニークな文化伝承は、 “ひとつの盆踊り文化 “といってもよいほどです。

以下、他の項ではぢゃんがらの持つ豊かな文化をさまざまな角度から読み解いていきたいと思います。

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