*かんこ(太鼓)については「うた・音楽」で紹介します
目次
被り物-「しゃごま」
かんこ踊りの一大特徴となっているのが、その被り物=「しゃごま」です。
「しゃごま」はその原型が京都のやすらい花の「しゃぐま(赤熊)」」に求められるように、たいへん歴史の古い民俗です。三重県下のかんこ踊りには、馬毛系、鳥毛系、花笠系などさまざまな形態のしゃごまがあるのが特徴ですが、猟師のかんこ踊りは隣の松ヶ崎町とならんで華やかな「花笠系」のしゃごまです。
花笠の形態は、シルクハットのような感じですが、つばの部分が花弁型となり、剣型の意匠が描かれています。円筒の部分は華やかな彩りに飾り付けられています。
いくつも鈴がつけられていて、以外に大きな音がしますが、これはいわば「音の風流」の一つの形態と思われます。
ところで、かんこ踊りの様々なタイプのしゃぐまの相互関係は、どのように考えられるでしょうか。
かんこ踊りの中でも古い形態を残すといわれる佐八(そうち)町のかんこ踊りでは、中踊り(主役)が京都の「やすらい花」と近い馬毛系のしゃぐまを装着し、子ども達が「花笠」をつけて登場します。
猟師町および隣の松ヶ島町は花笠のみで馬毛系のしゃぐまは伝わっていないこと、馬毛製のしゃぐまは入手しにくいことなどから、この両町では、古型に見られる馬毛系のしゃぐまが何らかの理由で脱落し、花笠をもって「しゃぐま」を代表させたのではないか、という仮説が考えられます。
覆面
猟師かんこ踊りの踊り子は、白布で覆面をして踊ります。
踊り子の頭に晒し(さらし)を何重にも巻き、目の部分を残して顔を隠してしまうというたいへん厳重なものです。暑い真夏の夜にこのいでたちで数十分も踊るのですから、一踊りすると汗でびっしょり。たいへんな「苦行」です。
覆面=仮装=異装により、踊る個人を特定させず、精霊の訪れを表現する、というわが国に広く見られる民俗の文法があります。盆踊りでは、沖縄県竹富島のアンガマの覆面がよく似ていますが、他に秋田県西馬音内盆踊りや島根県津和野踊りの頭巾、岐阜県郡上踊りの手ぬぐいなどもよく知られています。
猟師かんこ踊りの覆面も、これらと同じ意味を持つものと考えて間違いないでしょう。
実際には誰が踊り子として踊っているのかは、親しい人たちや周りの女の子たちにはよくわかっているわけですが、こうした匿名性を強調する民俗は、新盆供養の精霊祭りをたいへん重んじる伊勢一帯の民俗風土と深い関係があるように思われます。
着物-はっぴ/手甲(てっこう)/脚半(きゃはん)
かんこ踊りの踊り子の着物は、参考文献により「半纏(はんてん)」「はっぴ」「じゅばん」などさまざまな名前で呼ばれていますが、山形の波模様を染めぬいた紺色のものを着用します。
手には同じく紺の手甲(てっこう)、足には「脚半(きゃはん)」を装着します。
履物は草鞋(わらじ)などを履く地方もあるようですが、猟師かんこ踊りの場合は特になく、裸足で踊るのも一つの特徴です。
五来重「踊り念仏」では、
踊手が旅装するという点では、ほとんど全国の踊念仏に共通で、「かんこ踊り」でも手甲・脚絆草鞋はその意味である。
とし、旅装の意味について
①念仏聖、遊行聖、高野聖などの聖が遊行し、訪れた土地の亡魂のために大念仏を催し、また村人に踊り念仏をおしえたことの残存
②踊り手は精霊であり、供養を受けてまたあの世に戻っていく「旅人」であることの表徴
という2重の意味合いを説いています。
特に②について、
笠で顔をかくし蓑をつけるのは、死者の一種のユニフォームであった
と述べていますが、かんこ踊りの精霊踊り・供養踊りとしての性格を考察する上で、傾聴に値します。
装飾-襷(たすき)
踊り子は、紺のはっぴに映える鮮やかな白い襷(たすき)を身につけます。
かんこ(太鼓)も、同様の白い紐で体にくくります。
襷は、やはり小町踊りなど古い民俗に見られる装飾で、神霊の宿る「依り代」ないし「ひもろぎ」の役割を果たしていると考えられます。
波模様の紺のはっぴに白襷という風体は、赤穂浪士の討ち入りといった雰囲気です。
採り物-うちわ
かんこの踊り子以外の人々は、かんこを取り巻いて「うちわ踊り」を踊ります。
揃いの浴衣にうちわを手にもって踊るとされていますが、取材班が見た海念寺での踊り始めの際は、まだ普段着やふつうの浴衣であったようです。
うちわは、盆踊りなどの民俗芸能に様々な形態・規模で登場する竹・笹のつくりものの一種で、やはり精霊の依り代の機能を持つと考えられるものです。
(参考資料)
「松阪市史 史料篇民俗」
「三重県のカンコ踊資料集」三渡俊一郎
「伊勢・伊賀の羯鼓踊」三重県民俗資料記録第三輯
猟師かんこ踊り(三重県松阪市猟師町)