日本列島を揺りかごに育った「盆踊り」。
近代に入り、その舞台は一挙に地球規模へと拡大します。

20世紀に入るころから、「ハワイ」「カリフォルニア」「ブラジル」などのいわゆる新世界へ多くの日系移民が渡っていきました。彼らが築いた日系コミュニティでは、やがて盆踊りが始まりました。 遠い異国の地へ渡った果敢でダイナミックな一世たち。差別や排斥、戦争の苦難を乗りこえ、ホスト社会に確固たる地位を築いていった二世とその子孫たち。盆踊りは、まず彼ら日系人自身の喜びとなり、支えとなって定着していったのです。

日系コミュニティの盆踊りは、その後日本本土からの盆踊り文化の移入や、現地で創作された踊りなどをも加え、独自の文化として成長を遂げていきます。そして今ではさまざまな民族の人々をも巻き込んだ日系社会最大の行事 ボン・ダンス Bon Dance として、新たなふるさとにしっかりと根を下ろしているのです。

一方戦後になると、戦前の移民とはまた異なる日本人の海外進出が盛んになります。世界の主要都市には、企業駐在員などを中心とする邦人社会が姿を表し、盆踊りもまたそこにあらたな土壌を見出していきました。

海を渡った盆踊りは、それだけではありません。
開拓や炭鉱等ではたらくため北海道へ渡った「北海道移民」。”内地”へと渡り、移民コミュニティを築いた「沖縄移民」。日本列島内部でも、さまざまな移民(内国移民)が存在し、そしてふるさとの様々な文化や伝統を伝えていったのです。彼らが伝えた盆踊りや音頭もまた、それぞれの土地に定着し、楽しまれています。

そして、現在。
すでに日本には、日系ブラジル人を中心とする約30万人の移民が暮らしています。多くの日系ブラジル移民が住む群馬県の街で、この夏記念すべき盆踊りの輪が立ちました。地球の裏側・南米まで到達した盆踊りは、100年の時を超えて、ふたたびここ日本列島へと戻ってきたことになります。

言語や音楽、料理とともに、民俗芸能もまた国境や民族の壁を越えて強靭な生命力を持ちうることを、”海をわたった盆踊り”は教えてくれました。その並はずれたスケールの大きさとダイナミズム。わたしたちが追いかけているのは、もしかして「盆踊り文明」ともいうべきものなのかもしれません。

日伯(ブラジル)交流100年、日布(ハワイ)交流140年にあたる2008年。
私たちにとってもまた、海外における盆踊りへの扉が開かれた記念すべき年となりました。知られざるもう一つの”盆踊りの世界”への一歩として、ささやかな本レポートをお送りいたします。ご感想・ご講評をいただければ、望外の喜びです。