太平洋の楽園・ハワイが、実は「盆踊り王国」だったなんて、いったい誰が想像するでしょうか?

でも、オアフ島・ホノルルの街角で、ハワイ島・ヒロの沃野で、私たちが見たのはまぎれもなく “盆踊り “でした。私たちと同じルーツを持つJapaneseの人たち、そしてさまざまなエスニックの人たちが、同じ一つの輪になって踊るのです。炭坑節にマツケンサンバ、伝承の盆踊り。実に見事な踊りっぷりです。かつて日本でも、こんな風にみんなで盆踊りを楽しんでいた時代があったはず…。月夜のハワイのボン・ダンス bon dance は、どこか不思議な気分になる時空間でした。

日本の盆踊りと、ハワイのボン・ダンス。その知られざるつながりを、水平線の彼方に追ってみました。

ハワイにおける盆踊りの分布

太平洋の真ん中に位置するハワイ諸島は、130あまりの島々からなる群島です。
人が住む8つの島(下図)のうち、一般人が立ち入ることのできる主要6島のすべてで、いまも盆踊りが踊られているのです。その数、およそ100ヶ所。特に多くみられるのはオアフ島・ホノルルやハワイ島・ヒロなどの人口の集中する都市部ですが、かつて多くのサトウキビ・プランテーションが広がっていたその他の地域・島にも、盆踊りは広汎に分布しています。
ハワイは、まさに「盆踊り王国」なのです。

空から見たハワイ島。

図表1 ハワイ諸島の盆踊り分布

ハワイの盆踊りの特徴

ハワイにおける盆踊りは、戦前にサトウキビ・プランテーションの労働者としてハワイに渡った日系移民とそのコミュニティ、およびその子孫の人々を主たる担い手として定着・展開してきたものです。
日系移民のダイナミックな歴史、その豊かで多彩な生活文化とあいまって、ハワイの盆踊りはきわめて興味深いものとなっており、「盆踊りとは何か」を考える上で貴重な多くの視点 perspective を与えてくれます。

注目すべき特徴として挙げられるのは、以下のような点です。次ページ以降で、詳しくみていきましょう。

ハワイ盆踊り(ボン・ダンス)の特徴

・時間
日本と同様「お盆」が中心。ただし、6月から9月の長期にわたって毎週末に開催されます。
・場所
場所はほとんどが仏教系寺院の庭です。その数約100ヶ所。開催日程が重ならないようにスケジュール調整されているのも大きな特徴です。
・母体
日系移民とその子孫たちのコミュニティが、ハワイの盆踊り文化の主体です。「日系」の内訳も多様です。西日本を中心とする日本列島本土からの移民以外に、沖縄からの移民とそのコミュニティが独自の盆踊り文化を継承している点も注目されます。
・参加者
多民族社会ハワイの現状にふさわしく、現在では日系移民を中心に多様なエスニックの人たちが参加する開かれた行事となっています。
・踊りと音楽
炭坑節やポケモン音頭など、現在の日本列島と同じメディア系の現代系踊り曲が多く見られます。戦前に伝わった伝承系踊り曲(ライブ演奏)が今でも楽しまれている点は、ハワイのボンダンスの特筆すべき点です。

わたしたちの訪れたボン・ダンス

08/08/08 オアフ島・パールシティ
パールシティ本願寺ボン・ダンス
Pearl city Hongwanji Bon Dance

私たちが初めて訪れた海外の盆踊りとなったのが、ここパールシティ本願寺のボン・ダンス。
会場の様子は日本の盆踊りとそう変わりませんが、マルチエスニックな踊りの輪はやはりインパクトが。みなさんの踊りがあまりに上手で、ちょっと敗北感。。そして一番人気は伝承系の「福島踊り」ライブ。すごい盛り上がりでした。

08/08/08 オアフ島・アラモアナ

ハワイ真言ミッション ボン・ダンス

Shingon Mission of Hawaii Bon Dance

10:00過ぎ。アラモアナのホテル近くの真言ミッション寺院でもう一つの盆踊りに参加。運よくもう一つの伝承系踊り曲「岩国踊り」に出会うことができ、感激です。関西でよく見かける傘を手に音頭が歌い始めたクドキはなんと「肉弾三勇士」(戦前モノです)。青い目のタイコ三人組もグッジョブでした。

08/08/09  ハワイ島・ヒロ

ヒロ東本願寺ミッションボン・ダンス

Hilo Higashihongwanji Mission Bon Dance

翌日は飛行機でハワイ島・ヒロへ。日系移民の歴史とかかわりの深いこの島で、もう一晩盆踊りに参加しました。
田舎のアットホームな盆踊りながら、熱気は十分。本願寺系の盆踊りにカメハメハ音頭と、レパートリーの多さにびっくり。でも、やっぱり人気はライブの「福島踊り」でした。