遣唐使船の最後の寄航地。隠れキリシタンが身を潜めた島。そして”亡き人に会える幻の島・みみらく”として王朝貴族の歌枕にもなった、伝説の島。この嵯峨島に、「オーモンデー」という謎めいた名前の念仏踊りが伝承されているというのですから、興味津々です。



島が迫ると、船は大きく舵を切り、港へのアプローチに入ります。陸上では、浜づたいに進んでくるオレンジ色の衣装の一群。オーモンデーの行列です。陸と海との、すれ違うようなランデブー。帰省のみなさんとともに連絡船を降り、わたしたちも行列の後ろに加わりました。



丘の上の小さなお堂から、踊りが始まりました。



異装の若者たちが円陣となり、サイドに並ぶ年配チームの鉦のリードで踊ります。腰蓑や原色ファッションはエキゾチックではありますが、それも含めて念仏踊り・風流の要素が濃厚に認められます。このさいはての地において、なお古い念仏踊りの様式が形を崩さず受け継がれてきているというのは、ほんとうに驚きです。



いっぽうで、オーモンデーはそれ独自の強烈なインパクトを持っています。

ひとつは、ウタ。いわゆる”うたう念仏”は伝承の過程でさまざまに変化しますが、特に五島列島では原型がわからないほど変容し、呪文のような詞章となっています。波のように繰り返される「オーモンデー…」の合唱は、裏声ともあいまって神秘的な印象を醸し出します。



もうひとつ心に残ったのは、踊り手・囃し手の”裸足”。五島各島の念仏踊りもかつては裸足だったようですが、いまその原型を残すのはこのオーモンデーだけ。いわば”はだしの盆踊り”です。土を踏みしめる若者たちの足さばきは、念仏踊りの儀礼性を雄弁に伝えるとともに、”盆踊りは足の芸能”という大切な原点を想い起させてくれます。



踊りの一行はシダの茂る亜熱帯の林を風のようにくぐり抜け、墓地や新盆の家々を訪れて踊っていきます。迎える家々は大歓迎。気前よくジュースやお菓子が振舞われ、ひとしきり談笑。見ているこちらまで、いつか楽しい気分になっています。イエとムラのきずな。それらを結ぶ鎮魂の精神。そうした芸能の背景もまた、この西の涯の島ではしっかりと受け継がれているようです。



まぶしい南国の太陽のもと、みんなでいただいたスイカの冷たさと甘さ! 夏休みのすばらしい想い出となりました。

開催情報
日程 8月15日

(09年)
場所 長崎県福江市三井楽町嵯峨島

(五島列島)
アクセス
(公共交通)
福江市三井楽町貝津港より連絡船20分